(入社)Go Go BAR に魅せられて


※このブログは小説形式で
登場人物・会社・店舗名は
全てフィクションです。

アパレル業界に飛び込んだ
矢名樹 准也がリーマンを独立。

そして成功から一気に破綻へ。

再起し移住先のタイで魅せられた
ゴーゴーバーを偶然にも
経営する事になる物語です。

サラリーマンと経営者の苦悩
それぞれをリアルに描いてみました。


本編)


「おいジュン聞いたか?」

「今度〇〇さんが切られるらしいぞ。」


「同期の仲の良い店長から

店にかかってきた

電話で告げられた話は

耳を疑うようなものでした。」


「うっそー!マジでー?」

「なんでー?」

「めちゃくちゃするな!」


今でこそ珍しくないリストラですが

私 矢名樹准也が入社した

1980年代当初は


まだまだ会社というのは

一度入社すれば退職まで

会社に忠誠を誓う


そんな風潮が当たり前のような

時代でありました。


しかし時代(とき)が流れ

私が10年選手の中堅どころとして

頑張っている最中(さなか)に


会社の利益の為には止む負えない

そんなアメリカ的な

ドライな経営手腕が日本にも上陸し始め


このようなリストラの網に

かかった名がちらほらと


真(まこと)密(ひそ)やかに

社内の噂として聞こえてくるように

なってきたのです。



実は私はあるきっかけで

思ってもみなかったアパレル産業に

足を踏み入れたのでした。


私が就職活動していた時期は

就職は意外に狭き門で


私も入社試験に合格したのは

この1社だけでした。


何故この会社を選んだのかというと

当時付き合っていた彼女が

この会社のお店が

大好きだったからです。


学生時代何も考えていないかった私は

アルバイトとナンパに

精を出していました。


なので卒業後も

特に何がしたといとう夢も無く

付き合っていた彼女が

大好きなお店の会社を受けよう。


単純にそれだけで

自分の一生涯の仕事になるかも知れない

アパレル業種を選んだのでした。


今から思えば何という

浅はかな考えであったのかと

恥じ入る思いでいっぱいです。


ただ、同様に卒業した同窓生達も

滑り込みのような感じで

やっとの事で就職出来た

そんな狭き門の時代でもあったのです。


当時のアパレル産業は

それはもう凄い勢いで

商品を置けば

飛ぶように売れた時代でもありました。


1970年代当時の

私の入社した会社では

優秀なバイヤーの位置づけとは


折衝が上手いとか

知識があるとかでは無く


喧嘩が強い=押しが効く


そんな強面の人間が

優秀なバイヤーで


今では信じられないような

恫喝や脅しで商品の奪い合いを

していました。


そんな仕入れ形態?の

有り得ないような事が

まかり通っていた時代なのです。


実際問屋で生産された商品は

仕入れると必ず売れるので


バイヤー達は

お互いにけん制しあい

商品を奪い合いしていました。


会社的には喧嘩沙汰は

もみ消していたようなのですが


殴り合いの喧嘩が

実際には社内では起きていたようです。


そんな人間が私が入社した時代に

先輩や上司として君臨していたので


「アパレル産業とは華やかな世界」

そんな幻想は一発で吹き飛びました!


そう私の入社した会社は

アパレル軍隊であったのです・・・・。

※私の以前のブログはこちら↓↓

「それでも俺はタイへ行く」

グーグル検索で是非読んでみて下さい!


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