私をフェーンと呼んだレディ10

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本編)


ウォンが去ってしまったので

パタヤから興味が失せてしまいました。


しばらく、彼女は何かと忙しかったの

でしょう。


全く連絡が来ませんでした。


しかし、ある日突然

「Hi! How are you?」の

見慣れたフレーズが

彼女から届いたのです。


「ウォンだ!」そのメッセージを

見た私は、喜び勇んで返信しました。


「元気?」「久しぶり?」

「お父さんどうなの?」

「パタヤにいつ戻るの?」


溜まっていた思いを、一気に

ぶつけるようにラインしました。


ただ、彼女の答はシンプルでした。


「ワカラナイ・・・。」


その言葉だけが返ってきて

それっきりでした。


それから、そんなやりとりが

しばらく続いたのですが


私はもう、彼女にあれこれ

聞くのは諦めました。


何時も同じ返事で「ワカラナイ。」

であったからです。


それに、彼女自身も何度も同じ事を

聞かれる事には、うんざりだったかも

しれないと思ったからです。


彼女が私の前から去ったその後

私は人生の最終コーナーに

入ろうとしていました。


早期リタイヤモードの準備に

入っていたのです。


手がけている事業を友人に譲り渡し

全てを精算して、沖縄に移住する

つもりでした。


一度破綻しているので、それからの

再出発は健全経営を目指し


一切の借入もせず、自己資金だけで

運営、完全黒字経営でしたので

事業譲渡はスムーズに運びました。


本来なら自分の目標は

猛烈に働き・そして猛烈に稼いで

50歳でリタイアする。


そんな目標でしたが、途中事業で

大失敗して、かなり遠回りして

しまいました。


それでも目標から7年後、57歳で

早期リタイアして、念願の沖縄移住に

向け準備を始める事が出来たのです。


よく、余生をゆっくりと過ごすとか

聞きますが、私は逆の考えでした。


体が元気な内にアクティブに

残りの人生を楽しむ。


そんな考えを持っていました。


ゆっくりするとは、私の解釈では

静止する事です。


朝から晩まで静止していて

何が楽しいのだろう?

そう考えていました。


もし、これからリタイアを目指して

いる方がおられたら、アドバイス

させて頂きます。


刺激の無いリタイアなど苦痛以外

何物でも無いと・・・。


私の中では、爺さんになって

体が言う事が効かなくなり


その時に、金と時間が有っても

その価値感は薄く


元気な時に比べ、格段に落ちると

考えていました。


なので、体が動く内にリタイヤして

沖縄に移住し


好きなブラジリアン柔術をやって

マリンスポーツをやって

月に一度はタイに遊びに行ってと


全力で残りの人生を謳歌してやろうと

夢を膨らませていました。


色々な壁が私を襲いましたが

夢を諦めず、懸命に進んだお蔭で


私は早期リタイアして、沖縄移住

の夢を手に入れたのです。


しかし、この沖縄でさえ

リタイアして、時間の有る私には

退屈極まり無かったのです。


私が人生のリタイアを敢行した

この期間にも、コンスタントに

ウォンからメッセージが

届いていました。


結果的に私は、沖縄からタイのパタヤに

更なる刺激を求めて

移住する事になるのですが


その間何と、5年の月日もの間


このウォンは私に、「Good morning」

「How are you?」のお決まりの

挨拶を送り続けてきてくれていました。


色々なレディ達とライン交換しましたが

お金の無心が一度も無く


5年もの間、私にメッセージを

送ってくれたウォン。


あの時言ってくれた

「アナタハ・ワタシノ・フェーン。」


その言葉は一概に営業トークでは

無かったのではないか・・・


今、そう思えます。


いや、そう思いたい自分がいます。


沖縄からパタヤに移住を決めた時

彼女は驚いていました。


「僕はこれから、パタヤに住む。」

「いつでも遊びにおいで。」


彼女にそんなメッセージを

送ってあげたのです。


彼女は「サンキュー。」と

言ってくれましたが


移住してからも、彼女がパタヤに

遊びに来てくれる事は

有りませんでした。


移住して半年程が過ぎ、パタヤで

初めての新年を迎えるにあたり


気持ちが高ぶっていた私に

彼女からこんなメッセージが届きました。


「ライネン・パタヤニ・モドル。」

「アナタニ・アエル。」


私は驚きました。


彼女とはもう2度と会えない

そう思っていたからです。


「いつなの?」

気持ちが高ぶり聞き返します。


「タブン1ガツ。」


どうやら、ある程度の目安は

決まってきたようでした。


5年ぶりか・・・。


私には大きな5年間でした。


事業を整理し友達に譲り、リタイアし

沖縄に移住して、さらにパタヤに

移住。


本当に内容の濃い

目まぐるしい5年間でした。


お互いに変わってしまっただろうな。

そう思いました。


ウォンと出会ったのは彼女が

21~2歳の頃、そこから計算すると

もう26~7歳になっています。


立派な女性です。


それもその5年間は、イサーンで

暮らしています。


私は彼女がどんなに変わったか

全く想像つきませんでした。


「ウォン、写真送ってよ。」

そう頼んでも「ハズカシイ。」


そう言って一度たりとも写真を

送ってくる事は有りませんでした。


なので、本当に再び出会うまでは

彼女がどう変わったのか、謎の

ベールに包まれたままでした。


それからも定期的に

彼女からメッセージが届きます。


1月も半ばになって「いつ戻るの?」

そう聞くと、今度は「2ガツ」

そう答えます。


なんだか、がっかりして

「分かった。」

そう言って気長に待つことにしました。


そんなに焦っても仕方が無いからです。

何せ5年もの月日を待ったのですから・・・。



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