私をフェーンと呼んだレディ11

※スマホでタイトル別から読まれる場合

トップ画面の右端上をクリックして下さい。

Seesaa BLOG
[カテゴリ] 旅行/アウトドア :2位 / 62325ブログ中


本編)



1月も終わり、私は初めてのパタヤでの

新年気分が抜けていきました。


パタヤの年末・年始の感想は?


そう聞かれたら、それは

「ピンとこなかった。」です。


何故なら、当たり前ですが

暑いからでした。


日本では肌寒い中、57年間も

年末・年始を迎えていたので


パタヤの暑い年末・年始には

どうも私はしっくりといきません

でした。


まぁ、でも海外で過ごす年末・年始は

いい経験にはなりました。


2月に入り、ウォンから

「モウスグ・モドル。」

そのようなメッセージが

何度か来たのですが


結局は狼少年の如く、

戻る戻るの言葉ばかりで、一向に

具体的な日にちも言ってこずに

実際に戻る気配は有りませんでした。


そして3月。

「アシタ・モドル。」

いきなり、こんなメッセージが

来ました。


「本当に?」そう疑いました。


何度も肩すかしを食らっているので

若干信用していません。


「アシタ・パタヤ•モドル。」

私の「本当に?」のメッセージに

再び、このように返してきたのです。


本当なんだ。

やっとドキドキ感が戻って

来ました。


ウォンと5年ぶりに会える・・・。


嬉しかったです。


短期間の出会いで燃え上がり

大好きだったウォン。


どんな女性になっているのだろう?


期待と興味がごちゃまぜになって

複雑な心境でした。


「何処に住むの?」

「僕のコンドーに住んでもいいよ。」


そのようなメッセージを送って

あげると「アリガトウ。」と


「トモダチノ・ヘヤ・イッショ。」


どうやら最初は友達の部屋に

居候させてもらうようでした。


一人で住み始めるには資金が

無かったようです。


それでも、この時も彼女は

一度もお金の無心は

してきませんでした。


「店に行ってPBしてやろう。」

「チップを渡してアシストしてあげよう。」


最近ではもう、ゴーゴーでPBしなく

なったのですが


この時は彼女の為にPBしてあげようと

考えていました。


パタヤに移住して半年が過ぎると

私のレディのお相手探しは


全てネットの土俵に

変わっていたからです。


ゴーゴーには会話やお酒を飲みに

行くだけ。


そんな使い分けをしています。


ただ、この時はウォンにチップで

少しでもアシストしてあげよう。


そんな気持ちを持っていたのです。


「いつからお店に出るの?」


そう聞くと

「3日後。」と


2日間は休みたいと。


パタヤは久しぶりなので

生活の準備もあるから。


そのようなメッセージを彼女は

送ってきました。


「OK、分かった。」

「ウォンがお店に出る日。行くからね。」


そう約束したのです。

彼女は「サンキュー。」と


そしていよいよ、ウォンが出勤の当日。

「Good morning」

「コンヤ・ソイ・カムna」


そのようなメッセージが

当日の朝送られてきました。


ついに待ちに待った彼女が出勤です。


私は逸(はや)る気持ちを抑え

日中を過ごしました。


夕食の時間になり、食事を済ますと

いよいよ、彼女の店のオープンが

近づいてきたのです。


私はシャワーを浴び、着替えを済ませて

パタヤの街に繰り出しました。


パタヤの街は何時もと変わらず

あちらこちらから、喧騒が

聞こえてきます。


丁度5年前、この喧騒の中

ウォンのお店に行き、彼女と

出会いました。


WSに向かう為、ソンテウに乗ります。

ビーチロードからの風が吹きつけて

来ました。


私はまるで、竜宮城の乙姫に

逢いに行く為に、ウミガメに

乗っているような気分でした。


WSに到着し、足早に彼女の店に

向います。


店に到着し、扉の前に立ちました。


扉に手を掛け開きます。


見慣れた照明と音楽が

目や耳に飛び込んできました。


その時、その扉は私にとって

まるでタイムカプセルの

入口のように感じたのです・・・。



style="display:block"
data-ad-client="ca-pub-6453912097974390"
data-ad-slot="1173070312"
data-ad-format="auto"
data-full-width-responsive="true">


応援のポチお願いします。

以前のブログはこちらから↓↓

それでも俺はタイへ行く