(子松川部長)Go Go BARに魅せられて「リーマン独立物語」

※このブログは小説形式で
登場人物・会社・店舗名は
全てフィクションです。

アパレル業界に飛び込んだ
矢名樹 准也がリーマンを独立。

そして成功から一気に破綻へ。

再起し移住先のタイで魅せられた
ゴーゴーバーを偶然にも
経営する事になる物語です。

サラリーマンと経営者の苦悩
それぞれをリアルに描いてみました。



本編)



そして、日本シリーズも球団は

見事優勝してくれて

私達はさらに、福袋を作成・販売。


ほとんどの在庫を捌く事が出来ました。


長い長い仕事人生、数々の大きな

ピンチが訪れましたが


逆にこのような神風が吹き、救われた

事も何度か有りました。


要は、「諦めてはいけない。」

そう学ぶ事が出来たのです。


ピンチに立たされても、自分が出来る

精一杯の努力を続けていると、時折吹く

気まぐれな神風が救ってくれたり

するものです。


これでほぼ、アパレル部門の在庫は

見事に短期間で消化出来ました。


損失は勿論でましたが、小売り部門で

何とかカバー出来る範囲で抑え

られたのです。


常務は満面の微笑みで私を誉め称えて

くれ、その翌年、私を事業部長に

昇進させてくれました。


実質、私がその事業部の

長となれたのでした。


松来もその功績を認められMGへと

昇格し、私達コンビは更なる事業部の

発展の為、頑張る決意を新たにしたのです。


気づけば売上は5億に手が届き

始めていました。


一からスタートして5年が過ぎて

いたのですが


余りにもあっという間の5年で

あったので、まるで実感が

湧きませんでした。


この時、確か38歳。社会人としては

一番油が乗っていた時期です。


松来と2人で、常に「人が驚く事・

人が無理だと思う事。」それに

挑戦していこうと励まし合いました。


その甲斐もあって店舗数も増え

売上も順調に伸びていったのです。


事業部長に昇進してからは、月に1度の

本社での幹部会に出席を命じられました。


始めて出るルックスの幹部会。


何を聞かれてもいいように、

念入りに資料を準備していきます。


各部門長が、前月の決算発表をするの

ですが、その緊張感は生半可では

有りませんでした。


赤字決算を出そうものなら、役員から

ぼろ雑巾のように扱われます。


「ああ、これは常務が赤字を出すの

嫌がった訳だ。」


常務は事業部長を兼任していましたが

役員なのです。


その役員が大赤字など出せば

立場は有りません。


「隠蔽。」その言葉が私の脳裏を

過ぎりました。


自分が幹部会に出席するようになって

何となく常務の気持ちが

理解出来たのです。


私達は小売り部門として、製造直売

という方式を目指していました。


ただ、小売り部門はもう一つ有り

そこは、高級ブランドを扱う

私達とは全く異なる部署でした。


私はそこの部門長と偶然にも

同い年で、何故か意気投合して

仲が良くなっていました。


この人の名は子松川部長。

物凄いやり手でした。


とにかく、私と次元の違うレベルで

月に3000万の営業利益を叩きだす

社長の大のお気に入りであったのです。


幹部会でも実に堂々としたものです。

15名程いる部門長達の誰もが

彼に一目おいていました。


彼は歯に衣着せぬ毒舌でしたが

そのトークは巧みで、私は一発で

彼のキャラに惚れました。


彼は何時も上から目線なのですが

全く嫌味に感じず、私を何時も

笑わせてくれました。


「矢名樹さん、あんたがやってる

ような事業は、ちまちましていて、

儲からないでしょう?」


そう言って、何時も私を馬鹿に

していましたが、


本当に彼は神がかっていたので

不思議と何も腹が立ちません。


そんな魅力有る人間像でした。


彼の仕入れは、フランスです。


いや、イタリアにも買付に行って

いたので、ヨーロッパが彼の

仕入れ先でした。


彼が語る世界のファッションは

私にはまるで、おとぎ話のような

話でちんぷんかんぷんでした。


「え、何?矢名樹さん?」

「知らないの?マジで?ははは。」


それが彼の口癖でしたが、

私は一向に腹が立たず、逆に

知らない事を教えて貰う度に

彼を尊敬したのです。


彼もそんな私に好感を持ってくれた

ようで、2人は全く畑違いの事を

やっているのに、仲良くなっていました。


まぁ、彼のような態度で接してこられると

大体が彼の事を嫌っていたようです。


「矢名樹さん韓国で商品作ってるの?」

「縫製とかガタガタでしょう?」

「早く止めた方がいいよ。ははは。」


もう彼に掛かるとくそみそに言われます。

しかし、何故か私はその毒舌が

大好きでした。


そして、彼は世界を股に掛け、仕入れ

ているだけ有り、物凄いお洒落です。


「子松川部長、(私は敬称をつけて

呼んでいました)何時もお洒落ですね。」


当時珍しかった、皮のスキニーパンツに

ダメージがほどこされたトップスを

着こなしていた彼。


そんな着こなしをしている人を

私が活動していたアパレル業界

の範囲では見た事が有りませんでした。


そう彼の着こなしを褒めると

こう彼に言われました。


「矢名樹さん、アパレルで働いて

いるのでしょ。」

「お洒落で当たり前だよ。ははは。」


そして、私の恰好をちらっと見て


「そんな恰好じゃ、僕の取引先には

話掛けてもらえないよ・・・。」


「毎日コンビニに、買い物行く

みたいじゃん。ははは、ダサいよ。」


ぼろくそでした。


しかし、私はその言葉に、脳天が

打ち砕かれたのです。


何故か?私は常日頃、商品の感度を

追い求めていました。しかし、


自分の着こなしに感度など求めた

事がなかったからです。


子松川部長は私と同い年でしたが

常務とはまた別の、私の仕事での

違った師となるのです。



style="display:block"
data-ad-client="ca-pub-6453912097974390"
data-ad-slot="1173070312"
data-ad-format="auto"
data-full-width-responsive="true">


応援のポチお願いします。

以前のブログはこちらから

それでも俺はタイへ行く

もっと普通の旅ブログを見たいんだ!
という方はこちらから ↓↓↓